松井達人プロフィール

氏名松井達人(まついたつひと)
生年月日昭和33年10月30日
出身地岐阜県郡上市八幡町
出身校岐阜県八幡町立八幡小学校
岐阜県八幡町立相生小学校
岐阜県八幡町立相生中学校
岐阜県立郡上高等学校
最終学歴岐阜県立郡上高等学校 中退
趣味ゴルフ、カラオケ、ドライブ、
読書、観劇、スポーツ観戦

想い出ギャラリー

想い出の写真と、その時の思いを吐露していきます。

東京へ

借りたお金はあっという間に無くなりバイトを始めた。
1日3時間、時給200円、しかも土日のみ、これでは足りない学業資金。
結局その年の夏に高校を中退し就活を始めることにした。
ところが中卒者などどこの企業も採用しない。
翌年の夏、このままではダメになると思い家を出ることにした。
昭和50年8月、向かうは東京、バイクに乗っての旅立ちだった。

旅立ち

朝8時、母の見送りのもと家を出た。
国道から見た母は小さく手を振っていた。
バックミラーに写る青白い煙。
Kawasaki400SSは2サイクル3気筒3本マフラー。
箱坂に差し掛かり視界から消える我が家。
絶対に帰るもんかと言い聞かせながらバイクを走らせた。

目指すは東京

小牧インターを目前に怖気ずく。
浜名湖SS、左は東京、右は名古屋、分岐点で迷う。
三ケ日インター直前でガス欠、出口付近で給油。
何処からともなく現れたバイク乗りと気が合い並走が始まる。
そのバイク乗りに事情を話すと横浜へ来ないかと誘われた。
結局そのバイク乗りとは川崎で別れた。
17時、東京に到着、就職と入寮が決まる。
採用通知が届く前に家を出たと言うと皆一様に驚いていた。

十五のある日

季節外れのサンタクロース

昭和49年3月、高校を受験し合格した。
ところが我が家にはお金がない。
高校に行きたくても行けないのだ。
誰を恨むでもなく、進学をあきらめ就職を選んだ。
そんなある日、突然叔父がやって来た。
差し向いに座った叔父は、私に封筒を差し出した。
中には5万円が入っていて、私に貸すと言った。
春先に現れたサンタクロース。
季節外れのサンタクロースのおかげで高校に入学することができた。
51年以上前の出来事だが、今でもはっきりと覚えている。
あの時は本当に助かりました。
ありがとうございました。

逢いたいよ今どこに

届かなかった手紙

昭和61年9月、母が倒れた。
お盆で帰省した1か月後のことだった。
病名は脳梗塞、半身麻痺となる。
母の死後、私に送ろうとしたであろう手紙が見つかった。
真っ直ぐ書けない字、必死に書こうとしていたのがわかる。
届かなかった手紙を見て、私は泣いた。

菖蒲の咲く街へ

昭和51年3月、葛飾区堀切にある印刷工場に就職した。
面接の際に提出した履歴書。


昭和51年3月から昭和62年8月までお世話になった会社の社長夫妻。
お若く元気です。