両親を偲んで


11月30日は父親の命日、お墓参りに行ってきました。
2020年に故郷の墓を閉じ、東京に移したこのお墓に二人は眠っています。
母が亡くなり38年。
父が亡くなり28年。
今日は第38期決算報告書と、東京50年の記念グッズを備えさせてもらいました。

両親を偲んで
お母さん、今どこで何をしていますか?
空の上ですか?
そんなはずないですよね、粉々になってしまったのですから・・・
お墓の中は真っ暗で何も見えないでしょ?
お母さんと最後に会ったのは昭和62年のお正月でしたね。
前年の9月に倒れてから毎月郡上に帰っていたのに、62年の2月は雪が多いからと言って帰らなかった。25日に届いた訃報は、僕の胸を突き刺しました。
どうして帰ってあげなかったのかと・・・

お父さん、今どこで何をしていますか?
川の中ですか?
そんなはずないですよね、お母さん同様粉々になってしまったのですから・・・
お墓の中は真っ暗で何も見えないでしょ?
28年前の11月30日、その日はよほど寒かったのでしょうね。
浴槽の中で眠るように亡くなり、発見されたのは4日後でした。
貴方が寒さに震えていた頃、僕は名古屋の地下街でビールを飲んでいました。
商談とはいえ、あの時どうして岐阜まで行かなかったのか、行っていれば死なずにすんだかもしれない、後悔の念は28年間心の中に留まったままです。


昭和50年の夏、東京へ送り出してくれたお母さん。悲しげで、寂しげで、瘦せ細った体、この母を置いて家を出るのか?お前はそれでいいのか?自問自答を繰り返しながらバイクを走らせました。

小牧インター、浜名湖サービスエリア、三ケ日インターetc.引き返すチャンスは何度もあったのに、生きて行くためには東京でやってみるしかないと辿り着いた東京上野、到着と同時に就職先の上司に乗って行ったバイクを騙し取られる、こんな事があるのか、生き馬の目を抜く東京と聞いてはいたが、まさか自分がそんな目に遭うとは、東京とは怖い所だと思いました。

あれから50年、死ぬ覚悟で来た東京でしたが、まだこの街で生きています。
いろんな人たちに支えられながら・・・。

お母さん、お父さん、二人が抱っこしてくれた孫(私の娘)は42歳になりましたよ。結婚し二人の孫もいます。これ以上の親孝行はありません。

僕はお母さんの歳を追い越し67歳に、あと6年でお父さんの歳に追いつきます。この先もいろんな苦難が待ち構えているでしょうし、大きな壁にぶち当たっることもあるでしょう、そんな時はここ(お墓)に来て愚痴らせてくださいね。そして囁いてください。僕にだけ聞こえる声で。

50年前と少しも変わらない故郷の山と川。
人の気持ちも変わりなく、同じです。
・・・・・
次はお母さんの命日に会いに来ますね。
それじゃあまた。