作詞 松井達人
作曲・編曲 野々田万照
歌 松井達人
1
心地よい風が吹く
山間の一軒家
春の陽が差し込んだ
十五のある日
高校には上がれない
苦しい胸の内
母にだけ打ち明けた
就職することに
貧しい暮らしの中で
進学はできない
家族のために働くと
強く心に決めていた
辛い思い出山のよう
悲しい思いは川のよう
いつかは来るかな幸せが
普通の暮らしが
2
梅が散り桜咲き
鳥がつがい飛ぶ
夢だけは失くすまい
十五のある日
職安へと通う日々
中卒の履歴書
狭き門無理もない
就職先はない
貧しい暮らしの中で
仕事もできない
家族のために働くと
強く心に決めたのに
苦しい思い出山のよう
泣きたい思いは川のよう
いつかは来るだろ幸せが
普通の暮らしが
3
春雨に濡れながら
サンタが現れる
何事か驚いた
十五のある日
このお金を君に貸す
学校へ行きなさい
封筒の中身は
入学金だった
貧しい暮らしの中で
学校に行けると
家族はみんな喜んだ
母は流しで泣いていた
楽しい思い出山のよう
嬉しい思いは川のよう
やっと届いた幸せが
普通の暮らしが
入学するにはしたけれど
学費は少なく底をつく
夏の日差しを浴びながら
バイトに出かける
バイトで稼ごう
解説
昭和48年に起きたオイルショックは日本経済を直撃しました。プラスチック業界に従事していた父は徐々に仕事が減り始め、出社せず家にいることが多くなりました。
仕事をしなければ収入は減る、栄町に住んでいた頃のような貧しい暮らしに戻るのか、不安は募る一方でした。
受験勉強真っ只中にいた私は不安な日々を送りつつも、とりあえず勉強だけは続けようと頑張りました。
そして入試、合格の知らせ、ところが同時期に父は失業、合格祝いどころではありませんでした。
高校にはいかないで就職する、こう打ち明けた時の母の悲しそうな顔、50年が過ぎた今でもはっきりと覚えています。
少女時代は軍需工場で働き家族を支え、自らは女学校へ行くのをあきらめ弟や妹たちのために働いた。
それが母の人生。
自分の子供(3人)はどんなことをしてでも学校だけは行かせる、それが母の望みだったのです。
それなのに長男は高校へ行かないと言い出したのですから母の気持ちたるや尋常ではなかったと思います。
今思うと親不孝な長男、心無い言葉だったのではないかと反省しています。
そんなある日、名古屋の叔父が現われました。母の弟です。家には私しかいない、雨降りのためガンガン持ちの仕事が中止になったのを知ってか知らずか現れたのです。
4畳半の部屋に差し向かいで座ると、叔父は5万円の入った封筒を私に手渡しました。
「達人君、高校合格おめでとう」「このお金は君に貸したことにする」
「お祝いであげてしまったのでは君のためにならないから」と言いました。
季節外れのサンタクロースの出現により高校へ入学することはできました。ところが高校というところは入学した後もいろいろとお金がかかります。入学と同時に学費を稼ごうとアルバイトを始めましたがまるで足りませんでした。
1日3時間、時給200円のバイト代ではどうにもならず、その年の夏に高校を辞めました。
揺れ動く心、15歳の少年の春から夏にかけての心の動きを詩にしてみました。
